Heart Beat Football
2008年始まりにあたって、このブログも名称を新たにしたいと思います。 ブログ名はどうみても一昔前の三菱自動車のキャッチコピー「Heart Beat Morters」もパクリです。 本当にありがとうございました…
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嘘の価値
最近ここまで簡単に嘘をつくか?というような嘘をついた事件が多い。
一つは不二家の原材料の偽装事件、もう一つはテレビ番組「あるある大辞典」のデータ捏造事件である。
ここでは不二家について述べたい。
この事件は洋菓子メーカー不二家の工場で、賞味期限・消費期限が過ぎた材料を使いお菓子を製造し、賞味期限を偽っていた事件である。また、基準以上の細菌が検出されたにもかかわらず、それを報告しなかったことも判明した。要は、消費者と国に対して嘘をついた訳である。彼らが醜悪だったのは、「雪印の二の舞になるかも」と認識していたにもかかわらず、その雪印と同じように嘘をつき通していた事である。この言葉には雪印を見下しながら、その割には自分たちも同じ轍を踏んでいたことが窺え失笑を禁じえない。

勿論、これで不二家のブランド・イメージは地に落ちるのは必至だが、同じ落ちるでも単なる過失では済まされないであろう。もし今回の事件が単なる品質管理の不備であったらばここまで大々的に叩かれることもなかっただろう。勿論、営業に影響が出ないわけはないし、業績も落ちるのは必定。それでも、汚名を挽回することは出来たかもしれない。少なくとも嘘をつかなければ。しかし、問題は管理体制ではなく、企業として嘘をついたことにある。日本人は何か危害を加えられたことよりも嘘をつかれたり、欺かれることを嫌うものだ。仮に不二家のお菓子で食中毒が起きたとしても、それでここまでバッシングしたりはしないだろう。被害者に非を認め直接謝り、それこそ管理体制を見直せばまだ許されるかも知れない範囲の話である。しかし、嘘をついて問題を隠蔽しようとしたらば、許せるものでも許せなくなるのが人情である。よしんば不二家がこれから真っ当に再建されようとも、「どうせ不二家だろ」「不二家はイメージ的にちょっと」といわれるのは必至だ。どっちみちこの手の偏見は容易には払拭し得ないものであるが、嘘をついたかどうかによってもさらにこの偏見の程度の軽重は変化するであろう。

いわば、不二家は自己保身のため嘘をついたことによって(少なくとも日本人にとっては)最悪なイメージがまとわりつくことになったのだ。
嘘をついたことが大きな代償を負うハメになった訳だ。嘘をついた価値は高かった。もしかしたら、不二家の人達は嘘をついてもバレはしないと思っていたのであろうか。つまり嘘をつくことの価値を無視していたのかも知れない。あるいは嘘をついても許されると思ったのだろうか。つまり嘘の価値を少なく見積もってたのかもしれない。残念ながら、今日日はその程度の嘘は見破れる程度に消費者、マスコミは成熟している。本当に雪印事件から学ぶべきだったのは、消費者を騙すことは昔より難しくなっているし、嘘がバレた時の代償は企業が思ってるよりも大きいものであるということではなかろうか?
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