Heart Beat Football
2008年始まりにあたって、このブログも名称を新たにしたいと思います。 ブログ名はどうみても一昔前の三菱自動車のキャッチコピー「Heart Beat Morters」もパクリです。 本当にありがとうございました…
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保守と右翼の間に
保守と右翼の差について。
一般的には同根と思われる両者であるが、本来は別物である。
自民党を右翼といったら嘘になる(というか名誉毀損になる)し、今現在「美しい国」を作ろうとしている人達を「保守」というのには大いに抵抗がある。そもそも、普通保守といわれる人達は文字通りこの国の根本に忠実な、いわば、「国柄」を尊ぶ立場の人達のことを指すものである。
なのに、世の中で保守と呼ばれる人達は憲法改正を訴える。逆に革新あるいは左翼の人達は憲法改正反対を叫ぶ。革新こそが現状を変えていこうとする人達である筈なのに、である。そして、保守はその動きを掣肘するのが本来の保革の構図であるのに。
ここでは、保守と右翼、左翼と革新の関係についてに絞って考察していこうと思う。
ところで、何故保守と右翼という本来別物の両者が一括りにされるのであろうか。
まるで、共産党と社民党を同じ「左翼」で一括りにしてしまう位安易な分類であるのにもかかわらず、である。勿論両者が共通している面も無きにしも非ずであるが、微妙に立場が異なるものである。
先に触れた憲法改正の是非でも、保守が改憲、革新が護憲であることに多くの人は疑問に思わないのであろうか。
更に右翼の中には現在の日本国憲法を破棄し、新しい憲法を作ることを目指す人もいる。所謂「創憲」である。
ここでも疑問はないだろうか。左翼や革新派を目の敵にしている人達が、じつは新しい憲法を作るという一種の「革命」を主張していることに。今でこそ共産党は教条的なマルクス主義を採ってはいないが、以前は天皇制を打倒し日本国での共産主義革命を真面目に唱えていた。
一方で右翼は天皇制を擁護しながらも、現憲法を変える(一新する)ことを唱えている。
つまり、共産党と右翼というのは、現在の体制を変革しようという点では同じなのである。
その変革する際の根拠をカール・マルクスに求めるか天皇に求めるかの違いでしかない。
そして、現体制が彼らにとっては「不当」なものであるという点でも。ところで、右翼が現体制を「不当」と思う根拠は何であろうか。天皇を「現人神」とせず「人間宣言」した現憲法にであろうか。ポツダム宣言を受け入れたことにより、この現憲法が成立している。裏を返せば、日本は大東亜戦争に「負けた」ということを認識させられることによって現在の日本が成り立っていることにであろうか。天皇制については現人神どころか、象徴というよく分からない地位に規定されていることは大いに疑問である。そもそも、天皇は元首なのかさえもはっきりと規定されていない。

ちなみに、天皇を除いた場合に誰が地位的に最上位に位置するかについて面白い話がある。
それは、衆議院議長であると。なぜなら、総理大臣は議員の中から選ばれる内閣総理大臣、「行政の長(prime minister)」である。逆にいえば総理大臣は、
立法府(議会)では単なる一議員である。
司法の最高の地位は最高裁判事長であるが、司法の人事を司法自体が有しているのではなく、行政府の法務省が人事権を持っているということは、
とりもなおさず司法が法務省の一部署であることの証拠である。
立法府の議長は議会の開催閉会を宣言したり、議員離職の認可を取り仕切る立場にある。ここでは例え総理大臣でも
そして立法府でも衆議院と参議院があるが、よくいわれるように衆議院の参議院に対する優越の原則がある。
故に、衆議院議長が三権の長の中で最も最上位に位置するのである。
現に天皇に謁見の際は衆議院議長が最初に謁見しているからだ。そして参議院議長、内閣総理大臣、最高裁判事長という具合に。

それはともかく、右翼と左翼とは実はそれ程隔たりがあるわけではない。そして、そんな右翼と保守では実際にどう違うのかに詳しく触れないで同根とみなすのは余りにも杜撰である。保守と呼ばれる立場の人たちは多くは憲法にせよ、天皇制にせよ現状を多くの場合は改変することを望まない人達である。少なくとも、安易な憲法改正論議には懐疑的な立場の人達である。
例え保守が反左翼を唱えてもそれが即ち右翼ではないし、保守派現憲法の天皇が元首か否かという矛盾点を承知していても妄りに変えることを急進的なものとみなす態度のことである。
ただし変化を認めないわけではない。しかし、無条件に変化を受け入れたり逆に変化を無条件に拒否したりするのではない。変化を受け入れる際には、その変化が如何なるものであり、我々にいかなる影響を与えるかを流行や、時流という一種の「気分」で判断せず、それらからは一歩下がったところで考察する立場である。
その際に価値判断の基準はその国の「伝統」であり、「歴史」に拠っているのが保守である。
憲法にせよ、現憲法が制定されて60年近く経つ。その間何度も改憲は議論されてきた。多くの場合は憲法9条を巡ってであるが。右翼及び左翼はそういった戦後、憲法制定後60年の歴史を変革して「なかったもの」とする点では保守の立場からいえば同根である。そして保守は急進的なものよりも暫時的なものを尊ぶ態度である以上天皇制を支持し、現在の憲法も性急な改憲には懐疑的である。故に一般でいわれるような「護憲・改憲」「天皇制支持・不支持」で右翼・左翼というように簡単に分類できないのが保守の立場である。
保守でありながら護憲であったり、改憲に疑問を投げかけることもある。天皇制に関しても、先の大東亜戦争の戦争責任を認めつつも
支持することもある。責任といっても、実質的なものではなくどちらかというと「道義的」なものである。事実天皇は明治憲法下では国権の総覧者であるからだ。
天皇自身が戦争を望んだりしたわけではないが、一方で帝国議会が議決した開戦決議を天皇の名によって承諾・公布したからには、知らなかったでは済まされないわけである。
そして、天皇の名によって戦争は終結した。厳密にいえば戦争末期には降伏を主張する立場の人も増え、国会は戦争続行と降伏で二分された。
戦争中は国家が上から下まで全員が戦争することに躍起になっていたというのはデマである。少なからぬ人は戦争後を考えていたし、一般国民のように戦争に半ば熱狂している中で冷静さを失ってはいなかった。前者は主に官僚、後者は官僚ではないが多くは知識人と呼ばれる人である。勿論、議会の中にも。しかし、議会ではどうしてもいずれにも決し難く、やむを得ず天皇の裁可を仰いで終戦となった訳である。
ここで不思議なのは、あれほどの悲惨な戦争を昭和天皇の名において行ったのに、なぜか昭和天皇は崩御の際も多くの人が弔問に皇居に訪れたのかが
不思議である。そもそも天皇の名によって始めた戦争に敗戦したならば、そして国民を戦争によって疲弊させたなら、なぜ戦後大規模な革命騒ぎ起きなかったのか。
それこそ、国民自身から天皇の処刑や退位を求める運動が盛り上がらなかったのだろうか。いみじくもGHQ指令マッカーサーが手記で「天皇一人で最低100万の兵力に匹敵する」と述べたように、それだけ天皇の影響力を絶大であり、少なくとも国民は愚直だろうが、皇国史観で洗脳されていた「騙されていた」だろうが何だろうが天皇を国の文字通り象徴として支持した結果が昭和という時代だったといえば、何も昭和天皇が戦犯として処刑されなかったのも崩御の際にあれほど惜しまれたのも肯ける訳である。勿論、だからといって戦争が正しかったというのではなく、戦争を始めたきっかけや戦争に至るまでの経過を知らないまま一方的に批判するのは逆に戦争に何も学んではいないのではないか、ということである。

ところで、最近自民党が保守なのかどうなのかについては疑問がある。憲法改正を本格的に議論するは、教育基本法に「国を愛する心」を盛り込もうとか、保守という立場から言わせれば諾えないものばかりである。どちらも悪い事とはいえないものであるが、何がしかこれまでの日本に無かったものを植え付けようとするニュアンスを感じて大層気持ち悪いものである。のっぺりとして、生暖かい、人の判断力を鈍らせる言葉が多すぎる。「格差社会」「美しい国」「教育再生」「普通の国」どれもが一概に間違いとはいえない。でも、一歩進むと胡散臭さが充満するものばかりである。問題はそれらが我々をどこへ導こうとしているのかについて考える。といっても、安易な言葉で括らないでじっくりと時間を追いながら経過を見守る態度も必要ではないだろうか。安易な言葉でのレッテル貼りは問題の本質をぼかしたり、矮小化する。霧の中を歩くような時代でも保守は諦めたり、自暴自棄になったりしない。必ず霧は晴れる、出口は見つかると信じるのが保守である。

現実から目を逸らさないという意味での保守ならば、
今こそ真に必要とされているのではなかろうか。
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